元「生徒のなれの果て」の徒然日記 … 日々の思い 

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zoom RSS レッドソックス、ポンペイのことなど…

<<   作成日時 : 2013/11/02 21:55   >>

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 アメリカ・メジャーリーグは、自慢する訳ではないが、前のブログで予想していた様に ボストン・レッドソックス のワールドシリーズ制覇で幕を閉じた。

 そのブログでも書いた様に、1番から9番まで全員振りが鋭く、打率は低くてもいつかなんかしそうな雰囲気プンプンの猛者揃い。

 そしてレッドソックスといったら アゴヒゲ 。今年テキサス・レンジャーズから移籍してきたナポリの影響だろう、ほぼ全員がヒゲだらけ。だけでなく、応援席も男女問わず、売店で10ドルで売っているツケヒゲをつけての大騒ぎである。

 例えばセカンドのペドロイヤである。170cmチョコットの大リーガーとしては小柄の選手ではあるが、全身溢れんばかりのファイターで、私見ではあるが、ヤンキースのカノーと並ぶ名二塁手であるとともに、パッティングも全身これバットといわんばかりのフルスイングで、見ていても大変気持ちがいい。

 セントルイス・カーディナルスとのワールドシリーズでも、ペドロイヤだけでなく意外な選手が思いがけない所でタイムリーを打って試合を決する、といったことが何度かあった。

 そうはいっても、勝利の要因は何といっても オルティーズ と 上原 であろう。

 オルティーズは、ワールドシリーズだけでも15打数11安打、7割近い打率だけでも凄いが、それよりもチームリーダーとしての精神的支柱としての存在である。試合途中、猛者どもを集めて一発 カツ !! を入れ、それを機に全員がヒートアップ、こういう人物は他のチームにはいなかった様だ。

 上原と同年齢(確か38歳?)ということもあり、二人でじゃれ合っている姿を良く見かけたが、「この試合で優勝を決めたら上原を長く担ぎあげて場内でハシャギタイ」、そう語っていたが、見ていたら確かにその通りやっていた。

 上原に関してはもう何も言わない。それよりは彼の長男である。

 小学校に入るかどうか位の年齢だが、彼の渡米と一緒に家族でアメリカに移住したのだろう、英語はペラペラの様で、上原の表彰式でのアメリカ人によるインタビュー。父チャンの方は通訳を介しての応答であったが、長男は英語の質問をウンウンと聞きながら、一言英語で回答。

 英語音痴の私として、どんな応答なのかは残念ながら意味不明だが、それを聞いた球場内がドッと沸くので、相当ウィットに富んだ受け答えなんだろう。全くあがる素振りも見せず、さすが上原の息子、やるもんだ。


 …こうしてアメリカ・メジャーは来春までの長い休養期間に入った。その間私はどうしたらいいんだろう ?

 この翌日から、BS1の放送は、サッカー、フットボール、バスケットボールそしてゴルフである。ゴルフは多少見るが、他の3種はほとんど興味がなく、私にとっては、これから来春3月末までの辛い5ケ月が待っている。

 メジャー関連、今年最後の記事である。


 さて、今回少し書いてみたかったのは、皆さんも良くご存知の ローマの古代都市・ポンペイ のことである。

 NHKは歴史ものが好きで、いわゆる娯楽的教養番組とでも言ったらいいのか、総合の「歴史ヒストリア」、BS3の「BS歴史館」や「短期集中もの」など色々あるが、今回はBSの「ポンペイ特集」。

 私は西洋史に関してはほとんど門外漢みたいなもので、ポンペイといったら、近くの「ベスビオス火山」の大噴火によってアッという間に膨大な灰に埋もれて歴史の闇に消えたのが、何かのきっかけにか発見され、当時の人々の生活が都市レベルでその通り復元されるという、大変貴重な古代遺跡である、こんなところである。

 番組を見ても大筋はそんなところではあったが、細部において多々面白いことがあった。

 正確には「ヴェスビィオ山」というようだが、西暦79年或る日の午後から数日間にわたって大噴火が続き、近隣の都市や村落など地域一帯を壊滅させてしまう。その時降り積もった火山灰は厚さ20数mあるというから、その爆発たるや尋常なものではないだろう。

 火山の大噴火は時に歴史に大きな影響を与えるものであり、日本でも、江戸中期・天明期の 浅間山の大噴火 のもつ意味は大きく、その噴煙は関東一帯を覆い尽くして太陽を隠し、確か私のボケた記憶では、夏でも江戸市中に降雪(灰ではない)があり、市民は布団をかぶって寒さに震えていた、という。

 特に東北の農村への打撃は大きく、壊滅的な農作物によって餓死者は百万人を超え(これも江戸時代の特徴で、死者は全て非武士で、武士で餓死者は一人もいなかった、という)、これを何とかせんとして始まったのが、三大改革の一つである 寛政の改革 である。

 余談だが、改革の担当者である老中首座・松平定信は前会津藩主で、事前の飢饉対策よろしきを得て、他の東北諸藩の中で唯一餓死者を出さなかった、という手腕を買われての登用であった。

 ポンペイに戻ると、今回の特番は、ほとんど発掘・調査され尽くした遺跡の地下から 54体の老若男女の遺体 が発見された、それを踏まえたものであった。

 ポンペイはイタリア半島南部西岸、ティオニア湾に面した貿易・商業都市で、相当な人口を擁した大いに繁栄していた、と考えられる。遺体が発見されたのも、200軒にも及ぶ商店街の地下倉庫からで、逃げ遅れたか、敢えて逃げなかったのかそこに避難し、結局死亡してしまった人たちであろう。

 54人は多様な階層な人々であり、中にはアフリカ系の人もいたが、それぞれありったけの財産を持ち込んだのだろう、多種の貨幣や宝石類が多くの人骨の側から発見されている。

 人骨からは栄養状態はほぼ良好で、階層的な差異は見られない、という。又一人の遺体の側から印鑑が見つかり、結果彼の名は「クラシウス」と判明したり、更にもう一人は出土物から居酒屋の経営者と判断される、という。

 今からほぼ2000年前、日本で言えば弥生時代のこと、それぞれ固有名があったり(ポンペイの住宅街の各戸には表札があり、多くの姓名が判明している)居酒屋があったりと、日本と比較するとマァ相当進んでいるナァと、改めて感心させられる。

 何しろ、日本人で分かる最初の人名は3Cの アノ卑弥呼 ですからネー。

 午前中は メ一杯 !? 仕事をし、あとは皆共同浴場(水風呂〜熱湯風呂まで各種)に集ってゆっくり休み、夜は当時の正式の所作であるペットに寝そべって、肉・果物・魚・卵などの豪華な夕食をとり、満腹になれば床に吐き散らかして再度食す…。

 又休日ともなれば、市民は全員競技場に集まって剣闘士の死闘や戦車競技を楽しむ。

 当時のローマ社会のモットー


 「今日を楽しめ」  「狩りをし ゲームを楽しみ 大いに笑う それが人生さ 」


 そんなポンペイの市民生活の一断面を垣間見る、そんな今回の特番であった。

 しかし世界人口の1/4を支配し、永遠であろうと思われたローマの繁栄も、それを実現させた基盤は、絶えざる 領土拡大 と 奴隷 であり、逆に言えばそれが実現不能になると、当然没落の過程へと変質する。

 
 今日のイタリアは、或る意味ギリシアやスペイン以上の債務超過国であるが、それ程深刻さが伝わらないのは、古代ローマ以来の 「今日を楽しめ、人生を楽しめ」精神 、そうなんだろう、と思う。



 一方の日本。彼らなんか比じゃない 超債務大国 である。イタリア人気質のような精神で アッケラカン ならまだ国民全員の共同正犯だが、現安倍政権も又、財政再建に関しては別の意味で アッケラカン である。

 たぶん彼や自民党の腹の底は、「ダイジョウブ、ダイジョウブ !! 使うだけ使って、ダメなら消費税 20% だもんネェー」 確実にこう考えているはずだ。

 安倍政権は何をし、何をしなかったか、あと1年位ジックリと見ていきたいと思う。

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